【一枚の布から】ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)とは/ブランドの特徴

ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)とは

ブランドの概要

ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)は日本のファッションブランドです。歴史あるブランドで、日本を代表するブランドとして長年人気を博しています。

ブランドの経歴

1970年に三宅一生が「三宅デザイン事務所」を設立し、翌年に「ISSEY MIYAKE(イッセイミヤケ)」としてニューヨークでコレクションを発表。

1971年春夏に、「ISSEY MIYAKE」としてニューヨークにてコレクションを発表。1973年よりパリにてプレタポルテを発表。

1970年代、日本だけでなく、世界の伝統的な技術を受け継ぐ職人のもとを訪れ、失われつつある糸、染め、織りなどの技術を研究、モダンなデザインとして蘇らせる制作プロセスを確立させました。

これまでの服作りの概念を覆す、1枚布から服を仕立てるという革新的な発想と技術は世界でも大きな話題を呼び、三宅一生は西洋でも東洋でもない衣服である世界服を創造しました。

1978年にメンズラインである「ISSEY MIYAKE MEN」をスタート。

80年代はより身体のフォルムと動きを追求したデザインを発表。三宅一生の手掛けるデザインはその時代の日本のデザインとは異なりました。

当時、日本では生地を服の形にして服を製造していましたが、三宅一生の意図とは違い、そのため、自分のやりたいデザインを日本の布を日本で織ってもらい、染屋で染めてもらったものをパリへ持っていきパリでデザインをしました。

1993年、形状記憶のポリエステルジャージー素材を開発、派生ライン「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」がスタート。どんな動きをしても崩れないプリーツと、美しいデザインの服はブランドの代名詞となりました。

1998年、藤原大とともにデジタル・テクノロジーを用いた「A-POC=A Piece Of Cloth」の開発をスタート。一本の糸、一枚の布が服になるまでの革新的なプロセスを確立しました。

2000年を前に、三宅一生はデザインの第一線を退き、滝沢直己がウィメンズおよびメンズウエアのデザインを引き継ぐ。1993年にメンズ、1999年にウィメンズを担当。

2000年より、皆川魔鬼子のディレクションにより新プロジェクト「HaaT」が始動。インドの伝統的な技法や日本で展開する上質なテキスタイルを用いた服作りを特徴とする。

2001年には、21世紀のTシャツをメイン・コンセプトに「Cauliflower」がスタート(現在のme ISSEY MIYAKE)。

2007年の春夏コレクションで滝沢直己は退任。その後、2007年から2011年まではクリエイティブ・ディレクターに藤原大が就任。

2012年春夏コレクション以降、ウィメンズコレクションは宮前義之がデザインを手がけます。メンズラインは、2014年春夏コレクションより高橋悠介がデザインを担当。

2010年にはアクセサリーコレクションの「BAO BAO ISSEY MIYAKE」を発表。

デザイナー

三宅一生

創業者の三宅一生は1938年、広島県広島市生まれ。

三宅一生は7歳の時に広島市への原子爆弾投下を経験し、「破壊されてしまうものではなく、創造的で、美しさや喜びをもたらすもの」という考えで衣服デザインの志向が高まりました。

三宅一生は、高校を卒業後、上京して多摩美術大学でグラフィックデザインを専攻。その在学中に装苑賞を2回、佳作に位置づけられる賞を受賞。

大学在学中の1960年、三宅は、日本ではじめての世界デザイン会議開催に際し、「衣服デザインが含まれていないのはなぜか」と投書。衣服をファッションではなく、デザインとして捉える視点に注目が集まりました。

卒業後、パリのシャンブル・サンディカル・ド・ラ・クチュール・パリジェンヌでファッションを学ぶ。「ギ ラロッシュ」Givenchy(ジバンシィ)で経験を積みました。

パリ5月革命に遭遇したことを契機に、一般の人々のための服作りを目指し始めました。生地をできるだけ捨てずに使うことを自分の課題としました。体に合わせ、たくさんの生地をつないで作るよりも、インドの衣装であるサリーのような一枚の布を身にまとう形が普遍的だと考えてました。

パリでは4年ほど修行をして、既製服の経験を積むために、アメリカ合衆国のニューヨークに移りました。

1970年に東京に戻り、「三宅一生デザイン事務所」を設立。

滝沢直己

滝沢直己は1960年、東京都出身。桑沢デザイン研究所ドレスデザイン科卒業。1993年からイッセイミヤケのメンズライン、1999年にウィメンズラインを担当していました。2007年に退任しました。

2011年から「UNIQLO(ユニクロ)」のデザインディレクター、2014年からスペシャルプロジェクトのデザインディレクターを務めています。

藤原大

藤原大は、1992年に中央美術学院国画系山水学科に留学、1994年に多摩美術大学美術学部デザイン科を卒業後、三宅デザイン事務所に入社しました。

2006年にイッセイミヤケのクリエイティブディレクターに就任し、2011年に退任しました。

宮前義之

宮前義之は、1976年生まれ。1998年文化服装学院アパレルデザイン科を卒業。2011年にイッセイミヤケのウィメンズデザイナーに就任。

高橋悠介

2014年春夏コレクションからイッセイミヤケメンのデザイナーに就任。

ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)の特徴

ブランドコンセプト

三宅一生の服作りは、当初から今日に至るまで「一枚の布」という考え方に貫かれていました。それは東洋・西洋の枠をはずし、身体とそれをおおう布、その間に生まれるゆとりの関係を根源から追求するものとして、世界中で大きな驚きと共感を得てきました。

多くの人材や革新的な技術を生み出しながら、一本の糸から研究しオリジナル素材をつくることから始まる服作りは、世代を超えて現在も引き継がれています。日本の技術力と現代の新しいテクノロジーを交差させた革新的な服づくりを続けています。

ISSEY MIYAKE MEN

1976年からイッセイミヤケのウィメンズコレクションとともに発表され、1978年にブランドとしてスタートしました。1985年秋冬コレクションより単独でパリメンズコレクションに参加。2012年春ん圧コレクションからブランド名を「ISSEY MIYAKE MEN(イッセイミヤケ メン)」に変更。

現代も三宅一生のものづくり精神を継承しながら、機能性と着やすさを基本に、伝統技法を取り入れ、新鮮な視点でグローバルな服作りを続けています。

ブランドの評判

無駄なく、なおかつデザイン性のあるデザインで日本だけでなくアジア、ヨーロッパでも人気となっています。

このブランドの特長は、素材使い、生地、染色などすべての工程にこだわられていて、機能性、着心地なども最高のクオリティーとなっています。

PLEATS PLEASE/HOMME PLISSE

PLEATS PLEASEは、一本の糸から素材を開発し、服の形に縫製した後にプリーツをかける独自の「製品プリーツ」手法による、プロダクトとしての衣服です。ISSEY MIYAKEで1988年に発表した「プリーツ」を発展させ、1994年春夏コレクションから単独ブランドとしてスタートしました。

軽くてしわにならず、水洗いができ、コンパクトに収納や持ち運びができる機能性、日常のあらゆる場面で使える汎用性、着心地の良さ、そして美しさを兼ね備え、現代女性の日常に深く溶け込んでいます。。「暮らしの中で生きてこそ、デザインの存在価値がある」という三宅一生の考えを実現させたブランドとなっています。

HOMME PLISSEは現代を生きる男性のための新しい日常を提案しているブランドです。PLEATS PLEASEと同様の特徴を持っています。

BAOBAO

2000年にPLEATS PLEASE ISSEY MIYAKEで発表され、2010年秋冬から独立したラインとしてスタートしました。

ピースを組み合わせ構成することで自由自在な形を無限に作り出す革新的なコンセプトで制作されています。

三角形を構造体とし、使用すると平面が立体になります。そのことによって独特なかたちを生み出しています。


ECサイト・SNS


出典

  • https://www.fashion-press.net/
  • https://www.fashionsnap.com/
  • https://www.fashionsnap.com/
  • http://2121designsight.jp/
  • https://ja.wikipedia.org/
  • https://gqjapan.jp/

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